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紀要2011 ユリ科Lachenaliaの核形態学的,分子系統学的および分子細胞遺伝学的特性研究

ユリ科Lachenalia の核形態学的,分子系統学的および
分子細胞遺伝学的特性研究*
濱谷修一 1)

摘要

1.ユリ科Lachenalia(属)はアフリカ南西部に固有の多年生草本である.わが国では半耐寒性の秋植え球根として園芸的に扱われ,晩秋または早春に開花する.約110 種の野生種があって花色が豊富,かつコンパクトな草姿であるため,主に室内での観賞目的での普及が期待されている.また,人工交配種の作出も行われつつあるが交雑の難しい組み合わせが存在している.今後,効率的に交配親を選択し,より優れた系統を得るために,種間の類縁関係を明らかにすることが望まれている.そこで本研究では,
40 種4 変種のLachenalia を用いて,核形態学的研究,分子系統学的研究,分子細胞遺伝学的研究を行い,類縁特性を評価した.

2.核形態学的特性研究では,2n=14, 15, 16, 17,18, 22, 23, 24, 26, 28, 42 の染色体数が算定された.L. algoensis(2n=14),L. aloides var. vanzyliae(2n=28),L. aloides‘ Pearsonii’(2n=15),L. latimerae(2n=18),L. longibracteata(2n=14),L. longituba(2n=28),L. thomasiae(2n=14) が初の報告,L.
arbuthnotiae(2n =15),L. capensis(2n =16),L.purpureocoerulea(2n=15),L. variegata(2n=14),L. zeyheri(2n=23)が既報と異なる染色体数を算定した.
体細胞分裂静止期,分裂前期ならびに中期染色体の形態を分析した結果,調査した系統は染色体基本数により分類することができ,染色体基本数x=7,x=8,x=9,x=11,x=12 と,x=13 または14の6 グループに分けられた.

3.分子系統学的特性研究では,34 種4 変種を用いて,核リボゾーム(nr)DNA のinternal transcribed spacer (ITS)領域の塩基配列の決定と系統解析を行った.ITS 領域の塩基配列の比較により得られた系統樹では,互いに類縁性を示さない3 種(L. hirta,L.latifolia,L. latimerae)と,それぞれ3 種からなる2つの系統群(クレード)(「Clade I」,「Clade II」),25種4 変種からなる1 つのクレード(「Clade III」)に大きく分けられた.さらに,「Clade III」は12 種からなる1 つのクレード「Clade IV」)と種間の類縁関係の違いが明確に示されなかったその他の13 種4 変種に分けられた.
この系統樹に,核型分析による染色体基本数の情報を当てはめると,L. hirta がx=11,L. latifolia がx=12,L. latimerae がx=9,「Clade I」の3 種がx=13 または14,「Clade II」の3 種がx=11,「Clade IV」のうちL. muirii とL. pusilla がx=7 でそれ以外の10 種がx=8,「Clade III」のうち「Clade IV」に含まれない13 種4 変種2 品種がx=7 となった.核型分析と系統解析の結果との間に関連性が確認されたが,他方では次のような問題が残った.すなわち,Manning et al.(2004) によりolyxena からLachenalia に編入された種によって構成される「Clade I」の中に異なる染色体数を示す種が混在している点; x=8 の種が多く含まれる「Clade IV」にx=7 のL.muirii とL. pusilla が含まれている点;x=7 の種間の類縁関係が核型分析や系統解析のいずれでも明確とならない点である.そこで,分子細胞遺伝学的手法を用いて,別の角度から分析した.

4.分子細胞遺伝学的特性研究では,20 種2 変種を選択し,4’6-diamidino-2- phenylindole(DAPI)染色と5S rDNA と18S rDNA に相補するDNA 断片(プローブ)を用いた蛍光in situ ハイブリダイゼーション(FISH)を適用し,体細胞分裂中期染色体の構造比較を行った.
DAPI 染色の結果では,明瞭なDAPI バンドが全ての染色体上に検出された系統,一部の染色体上に検出された系統,全ての染色体に検出されない系統の存在が示された.FISH の5S rDNA のシグナルは多くの系統で2 箇所検出されたが,一部の系統で4箇所検出された.18S rDNA のシグナルは多くの系統で2 箇所検出されたが,4 箇所あるいは6 箇所検出される系統も存在した.x=7 のL. aloides var. aloides,L. aloides var. aurea,L. aloides var. vanzyliae,L. longibracteata,L. muirii,L. orchioides var. orchioides,L. viridifl ora はDAPI バンド,5S rDNA のシグナルの位置に類似性があり,L. muirii を除く4 種2 変種は18S rDNA のシグナルの位置にも類似性があった.x=8 の全種はDAPI バンド,5S rDNA,18S rDNA 両方のシグナルの位置に類似性があった.x=7 のL.pusilla は,その他のx=7 の種群と比べて明らかに異質であった一方で,明瞭なDAPI バンドが検出されない点や5S rDNA,18S rDNA のシグナルの位置についてx=9 のL. latimerae やx=11 のL. hirta,L. juncifolia,L. zeyheri との間に類似性を示した.
ITS 領域の比較では別クレードに属し,類縁性が示されなかったx=7 のL. pusilla とx=9 や11 の種との間に,DAPI 染色やFISH を行うことによって類似した特徴が認められた.また,x=8 の種群は互いに非常に類似した特徴を持っているのに対し,x=7 の種群は部分的には類似し,部分的には異なる特徴を持つ関係があり,x=7 の種群は複数の祖先種をもとに交雑や染色体の構造変化などを経て現在の形質を得てきたことが示唆された.さらに,x=7 のL. muirii とx=8 の種との間に共通の要素がある可能性が示唆された.また,Polyxena からLachenalia に移されたL. longituba とL. paucifolia の両種は種間でDAPI 染色,FISH の結果に違いがあり,それら以外の種との間にも違いが認められた.

5.以上の結果から,Lachenalia の種間類縁特性は,次のように大きく3 区分できた.
A:明瞭なDAPI バンドがみられる種群で,染色体基本数x=7 のほとんどの種とx=8 の種が含まれるグループ.一つ以上のx=8 の祖先種と複数のx=7 の祖先種に由来し,互いに遺伝的な影響を与え合っていると考えられる.ITS 領域に十分な差異が存在しなかった.
B:明瞭なDAPI バンドがみられない種群で,染色体基本数x=11 のほか,x=7 の一部(L. pusilla),x=9 の種が含まれ,ITS 領域の塩基配列による比較でも十分な差がみられるグループ.
C:過去にPolyxena に分類されていた群が含まれ,複雑な相互関係の存在が示唆されたグループ.
以上,一連の分析から,DAPI 染色による染色体特徴付けはLachenalia の類縁特性を探るには非常に有効な手段の一つであることがわかった.また,今後の観賞目的での利用増大が見込まれる中で,これらの結果は交雑育種の重要な基礎資料としての活用が期待される.

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