島田有紀子(広島市植物公園)
球根ベゴニアにおける葉挿し繁殖に関する研究


 

「球根ベゴニア」は,南米アンデス山脈の高地に自生する球根性ベゴニアの原種をもとに改良された園芸品種群の総称で,大輪の花が美しく,鉢花としての普及が期待されている.ベゴニア類には茎挿しや葉挿しなどによって増殖可能な種・品種もあるが,球根ベゴニアではそれらによる繁殖が難しく,加えて地下に形成される塊茎が全く分球しないことから,増殖は種子繁殖に頼らざるをえない状況にある.しかし,種子から育った個体は,遺伝的にヘテロであるため,優良個体の保存および大量増殖が不可能であり,効率的な栄養繁殖法の確立が求められている.なお,組織培養による増殖については,これまで研究されてきているが,内生菌汚染のために実用化に至っていない.

本研究では,球根ベゴニアの小葉片からex vitroで不定芽を形成させるための諸条件について検討し,効率的な増殖法の開発を行った.以下に得られた結果について概括し,結びとする.

 第1章では,球根ベゴニアの葉挿し繁殖が難しいのは交配親に依存するのではないかと考え,球根性ベゴニア4種について,葉身全体を挿し穂とし,水挿しによる不定芽形成能を木立性ベゴニア15種,根茎性ベゴニア23種と比較した.不定芽形成は根茎性ベゴニアで優れ,球根性ベゴニアおよび木立性ベゴニアでは極めて劣ることが確認された.なお,原産地,葉の大きさ,葉の厚さおよび葉脈の太さと不定芽形成との間に一定の関係はなく,葉脈の形状(掌状または羽状)および多細胞毛の程度との間には何らかの関連性があるものと考えられた.

 2章では,球根ベゴニアの葉挿しにおける不定芽形成を誘導するために,挿し床および挿し穂の諸条件について検討した.ここでは,若い展開葉を採取し,葉底から放射状に4分割した葉片を挿し穂として用いた.第1節において,挿し床の培地の種類が不定芽形成に及ぼす影響を知るため,パーライト,鹿沼土,バーミキュライト,ロックウール粒状綿およびロックウール成形物5種類の培地に挿し,不定芽形成の様相を比較した.不定芽形成率は,パーライト,鹿沼土,バーミキュライトおよびロックウール粒状綿で20%以下であったのに対し,ロックウール成形物では50%であり,ロックウール成形物が他の培地よりも不定芽形成に適していることが示された.また,葉挿し時期を48日,520日,729日および1013日と変えたところ,不定芽形成率は4月と10月では60%以上であったが,7月では13%で低く,不定芽形成は高温によって抑制されることが示唆された.次に,葉挿し時の温度を152025および30℃と変えたところ,不定芽形成のための適温は1520℃付近にあることが明らかになった.

 第2節において,球根ベゴニア‘ティネラ’を供試し,葉柄5 mmをつけて葉身全体を切り取った葉柄つき全葉,その全葉の葉身部を5 × 4 cmあるいは2 × 1.5 cmに切り詰めた葉柄つき小葉片,葉柄を切り離して葉身を2 × 1.5 cmに切り詰めた小葉片,および葉底から2 cm離れた位置で葉先に向かって切り出した2 × 1.5 cm小葉片の5種類の挿し穂を用意し,挿し穂の部位および大きさが不定芽形成に及ぼす影響について検討した.葉挿しの培地には,ロックウール成形物と同じ材質で小型のロックファイバーミニポット(商品名)を用い,これをプラスチック容器に入れて底面から給水した.その結果,全葉挿しでは73%の挿し穂で不定芽形成が認められたが,他の挿し穂では発根はみられたものの,不定芽形成は全く認められず,挿し穂が小さいと採取部位にかかわらず,不定芽を形成しないことが示された.さらに,球根ベゴニアの他品種においても,小葉片挿しでは不定芽を全く形成しないことが分かった.

 第3章では,小葉片挿しで不定芽形成を促すことを目的とし,植物成長調節物質処理の効果について検討した.第1節において,NAA0, 0.01, 0.1, 0.25, 0.5 ppm)またはBA0, 0.05, 0.1, 0.25, 0.5, 1.0, 2.0 ppm)溶液を単独で添加したロックファイバーミニポットに2 × 1.5 cmの小葉片を挿したところ,植物成長調節物質無添加区では20%前後の小葉片が褐変,枯死し,生存葉片においても不定芽を形成するものは全くみられなかった.これに対してNAAを添加すると,0.1 ppm以上の濃度ですべての小葉片が黄化して枯死した.一方,BAを添加すると,0.25 ppm以上の濃度で小葉片の褐変が抑制され,80%の小葉片が不定芽を形成した.また,0.5 ppm BAの存在下で0.10.5 ppm NAAを添加した場合には,黄化することなく高い生存率を維持したが,カルス形成が促されて不定芽形成の開始が遅れた

 この葉挿し中に発生した小葉片の黄化と褐変現象に関与する要因については第2節において検討した.まず,0.5 ppm NAA添加,0.5 ppm BA添加あるいは無添加の小葉片について,葉挿し中の総クロロフィル含量およびエチレン生成量を比較した.葉挿し10日後の総クロロフィル含量は,黄化が著しかったNAA区において葉挿し開始時よりも8.8 mg / 100 g FW減少した.エチレン生成量はNAAおよびBAの添加に関係なく葉挿し中を通じて低い値を示した.また,褐変のみられなかったBA添加区と褐変の著しかった無添加区の小葉片における総ポリフェノール含量の経時変化を調べたところ,両区とも葉挿し後の日数経過とともに増加したが,その程度はBA区よりも無添加区で大きかった.これらの結果,小葉片の黄化は培地へのNAA添加により引き起こされるが,このクロロフィルの分解はエチレン生成によって誘導されるものではないこと,またBA添加は小葉片の切り出しに伴って起こるポリフェノール含量の増加を抑制し,褐変を回避することが分かった.

4章第1節では,不定芽形成に母株栽培時の日長が不定芽形成に及ぼす影響について知ろうとした.あらかじめ18時間日長下で栽培していた母株を,1011日に最低夜温を14℃,日長を18時間(長日)または自然日長(短日)に維持したガラス室に移して栽培した.43日後の1123日に各日長下で栽培していた母株から,挿し穂として2 × 1.5 cmの小葉片を切り出し,0.5 ppm BAを添加したロックファイバーミニポットに挿した.葉挿し後,それらを最低14℃,18時間日長または自然日長に維持したガラス室で管理した.その結果,長日下で栽培した母株からの小葉片では葉挿し時の日長に関係なく高い不定芽形成率を示したが,短日下で栽培した母株からの小葉片では生存率そのものが低く,不定芽を形成したのはわずか14%にとどまった.また,長日下で栽培した母株の場合,葉挿し時の日長を長日にすると短日のものと比べて,不定芽の発達が促された.

 2節においては,1枚の葉身内のどの部位における小葉片を用いても同様に不定芽形成するかどうかを知るため,葉底から葉先に向かって011.5および2 cm離れた位置で2 × 1.5 cmの小葉片を切り出し,0.5 ppm BAを添加したロックファイバーミニポットに挿して不定芽形成を比較した.不定芽形成率は,葉底を含む小葉片で87%と高かったが,葉底から離れるにつれて低下し,2 cm離れた位置の小葉片では0%であった.

多くの個体再生を図るためには,1枚の葉身から多くの挿し穂をとることが必要である.そこで,先の実験で不定芽形成率が0%であった,葉底から2 cm離れた位置の小葉片に焦点を当て,不定芽形成を誘導するための方法として,垂直挿し(基部側下),水平挿し(背軸面下)および上下逆挿し(基部側上)の3通りの方法で葉挿しを行った.不定芽形成は,垂直挿しでは全くみられなかったが,水平挿しでは60%,逆挿しでは80%で認められた.なお,同小葉片を0.5 ppm BA 0.25 ppm NAAを添加したロックファイバーミニポットに逆挿しすると不定芽形成は抑制された.一方,小葉片基部の主脈の表裏に100 ppm TIBAを含むラノリンペーストを塗布し,0.5 ppm BAを添加したロックファイバーミニポットに垂直挿ししたところ,73%の小葉片で不定芽形成がみられた.これらの結果から,葉底から離れるにつれて不定芽形成率が低下するのは,分裂組織が存在しないからではなく,小葉片内のオーキシンとサイトカイニンのバランスが不定芽形成に適していないことによるものと考えられた.すなわち,葉底を含まない小葉片においても,逆挿しするかまたはTIBA処理を施してそのホルモンバランスを変化させれば,不定芽形成を促せることが明らかになった.

本研究で取り扱った小葉片挿しにより再生した個体について,遺伝的変異の可能性を第3節で調査した.まず,不定芽の発生起源についての組織観察を行ったところ,不定芽はカルスを経由せずに表皮細胞および亜表皮細胞が分裂を開始して器官分化したものであることが明らかになった.次に,小葉片挿しによって得られた10個体について11項目の形態的特徴を母株と比較したところ,すべての項目において類似していることが確かめられた.さらに,体細胞の染色体数を比較したところ,2n=28で一致するとともに核型の特徴も共通しており,染色体レベルでの変異はないものとみなされた.

最後に,ここまでで得られた方法が,第1章において葉挿し繁殖が困難であった他のベゴニア類にも適用できるかどうかを第4節で検討した.すなわち,球根性ベゴニアおよび木立性ベゴニア計13種について,葉底を含む2 × 1.5 cmの小葉片を,0.5 ppm BAを添加したロックファイバーミニポットに垂直挿ししたところ,木立性ベゴニアの2種を除き,高い割合で不定芽形成がみられた.不定芽形成のみられなかった木立性ベゴニアの2種については,逆挿しを行うことによって不定芽形成率を93%および73%まで高めることができた.

 以上,本研究では,優良形質の保存および増殖ができずに栄養繁殖方法の確立が待たれていた球根ベゴニアについて,不定芽形成を誘導する諸要因を明らかし,効率的な小葉片挿しの方法を見出した.このin vitroに頼らない小葉片挿しの技術は実用的であり,鉢花生産の拡大に大いに貢献するものと期待できる.

戻る